【熱狂】再結成が話題の『オアシス』のドキュメンタリー映画『スーパーソニック』超面白かった(主演:ノエル・ギャラガー、リアム・ギャラガー)

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はじめに

この記事で取り上げる映画

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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • ノエル、リアムというぶっ飛んだ兄弟は、いかにオアシスを結成し、いかにしてデビューを果たしたのか?
  • デビューからたった2年で、後に伝説と言われる25万人ライブを開催するに至ったその凄まじい来歴
  • ムチャクチャ過ぎる兄弟の確執や、ろくでもない父親とのクソみたいなエピソードについても語られる

ノエル、リアムが製作総指揮だからだろう、NGなしにオアシスのすべてを盛り込んだ”怪作”に仕上がっている

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

映画『オアシス スーパーソニック』は、ロックバンド・オアシスのことなどまるで知らない私でも楽しめたドキュメンタリーである

ほぼ「当時の映像」だけで構成された、当時を知らない人でも興味が持てるオアシスの遍歴

さて、いつもの如くではあるが、私はロックバンド・オアシスのことはほぼ何も知らない。本作『オアシス スーパーソニック』を観る前の時点で知っていたのは、「兄弟2人でやってる(と思っていたので、他にもメンバーがいることは知らなかった)」「兄弟仲が悪すぎて解散した」「最近奇跡の復活を遂げた」ぐらいである。ちなみに、「オアシスの曲」と認識できているものは1曲もなく、実際に作中で流れた曲で知っているものもほぼなかったが、『ワンダーウォール』と『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』だけは「あ、これは知ってる」となった。という程度の、「にわか」ですらない無知な人間である。

そして本作は、そんな人間でもメチャクチャ面白く感じられる作品だった。

本作が凄いのは(実際に凄いのはオアシスなのだが)、「レコード会社と契約を交わしてから僅か2年後に行われたネブワースでの25万人ライブまでをメインに描き出していること」である。本作ではオアシス結成前の映像も使われているので、扱われている期間としてはもう少し長くなるのだが、とにかく「爆速で売れたバンドなんだな」と感じた。作中で誰かが「真のロックジャイアント」という表現を使っていたが、まさにその通りだなと思う。もちろん「凄いバンドだ」と認識してはいたが、そんなに凄い人たちだとは思っていなかったので、観ながらまずはその点に驚かされてしまった。

あと、これもオアシスの凄さなのかもしれないが、本作がほぼほぼ「当時の映像・インタビュー」で構成されている点も驚きだ。インタビュー映像の中にはいつ撮られたものなのか判断できないものもあるが、ただ、「本作用に撮ったわけじゃない」ことは間違いないだろう。一部、映像が存在しないエピソードについてはアニメーションで再現されていたが、それ以外は基本的に「当時の映像」が存在するわけで、これは凄いことだなと感じた。

もちろん、オアシスとしてデビューした後の出来事であれば、映像が存在しても別に不思議ではないだろう(にしても、何でも映像を撮っておく現代とは時代が全然違うから、デビュー後についても「よく映像が残ってるな」と感じる場面はあるのだが)。ただやはり、デビュー前の「彼らがまだ何者でもなかった頃」の映像まで残っているというのは、ちょっと驚きだった。弟のリアムは子どもの頃から「いつか有名になって母ちゃんを楽させてやるよ」と口にしていたそうなので、「その時に備えていた」なんて捉え方も出来るかもしれないが、それにしてもである。ちなみにこの時母親は、「金は今すぐ要るんだよ」と返したそうだ。もちろん、これは愛のあるやり取りである。

リアム・ギャラガーが音楽に興味を持つようになった”イカれた”エピソードと、「オアシス」の結成について

本作で取り上げられるオアシスのエピソードはどれもメチャクチャ面白かったのだが、まずは「弟のリアムが音楽に興味を持つようになったきっかけ」から紹介したいと思う。ホントの話なのか、伝説感をまとわせようとして作った嘘なのかはよく分からないが、「嘘をつくならもう少しまともな話にするんじゃないか?」とも思うし、ホントの話でも全然不思議じゃない気はする。

さて、兄のノエルは元々、部屋に引きこもってギターばかり弾いているような子どもだったらしい(そこにはどうも、後に両親の離婚により離れて暮らすようになった父親との確執も関係していたようだ)。一方のリアムは、16~17歳ぐらいまで音楽にはまるで興味がなく、というか「ギターなんか弾いてる奴はなよなよしててダセェ」ぐらいに思ってもいたそうだ。

そんなリアムは「学校一ケンカが強い」と言われていたそうなのだが、ある日彼はなんと、他校の生徒から金づちで頭を殴られてしまったのだという。まあ、ムチャクチャな話である。とはいえリアムはこの時のことについて、「血まみれになったけど、数学の授業を2時間サボれたから良かった」みたいに話していたので、そこまで深刻な怪我ではなかったのかもしれないが。にしたって、人の頭を金づちなんかで殴るかね。

で、まさにこの出来事をきっかけに、リアムは音楽を聴くようになったのだという。これも訳の分からない話である。彼は「あの時俺の脳にスイッチが入ったんだ」「殴った奴、サンキュー」みたいなことを言っていた。「ホントかよ」って話ではあるが、何にせよ、この出来事がなければオアシスは生まれなかったんだろうし、そう考えれば多くの人が「殴った奴、サンキュー」と感じるんじゃないかと思う。

さて、リアムはこうして音楽に目覚めたわけだが、だからといってすぐに「じゃあ兄弟でバンドを組もう」となったわけではないようだ。ノエルはノエルで、リアムはリアムで別々のバンドで活動していたらしい(ただノエルは、弟が音楽に関心を持っていなかったことを知っていたからだろう、「リアムがバンドでボーカルを務めている」と人づてに聞いて驚いたそうだ)。でその後、なんやかんやとあって同じバンドで活動することになったのだという。

正直、この辺りの流れはよく分からなかった(その理由の1つには、この時点では私がまだノエルとリアムをちゃんと区別できていなかったことも関係している)。正しい認識か自信はないが私の理解を書くと、「ノエルがバンドをクビになり、その後、リアムがいるバンドに合流することになった」みたいな感じのようだ(ノエルは「クビにしてくれてサンキュー」と言っていた)。ただ、ノエルは当初「マネージャーをやらないか?」と誘われたのだという。「お前、顔広いだろ?」というわけだ。とてもじゃないが、後にオアシスとして知られるようになるバンドの始まりのエピソードとは思えない感じがあって面白いなと思う。

さてその後、転機となる出来事があった。これはノエルが語っていたことだが、ノエルが加入したバンド(オアシスになる前で、確か「レイン」って名前だったと思う)の2回目の練習の際、リアムが「お前の曲をやろう」と言ってきたのだ。それで実際に演奏してみたところ、ノエルは「俺が書いた曲がみんなの手を辿り、また自分のところに戻ってきた」と感じ、最高の気分になれたのだという。彼は、「これがオアシスの始まりだ」と言っていた。

ちなみに「オアシス」という名前は、ライブハウスか何かに貼ってあったポスターに書かれていたどこかの会場名から取ったそうだ。彼らは、「『砂漠のオアシス』なんて、俺たちにはお似合いじゃないか」と考えてバンド名に決めたのだという。こうして、後に伝説となるロックバンド・オアシスが誕生したのである。

アラン・マッギーとの顔合わせを果たしたライブに、何故オアシスは参加することになったのか?

オアシスが結成されたのは1991年なのだが、その後2年間は鳴かず飛ばずだったようだ。しかし彼らは諦めずに練習を続けた。当時の映像として、確かリアムだったと思うが「10年後にフィル・コリンズの首が冷蔵庫に入ってなきゃ俺たちの負けだ」みたいに言っているものがある(これもメジャーデビュー前の映像なわけで、よくこんなものを撮っていたものだなと思う)。観ている時には「フィル・コリンズ」が誰なのか分からず、今もよく知らないが、要するに「当時メッチャ売れてたアーティスト」なのだろう。そして「そいつをぶっ倒すぐらいの存在になる」と宣言していたというわけだ。リアムらしい大言壮語だなと思う。

さて、オアシスには「オアシスの精神そのもの」と呼ばれるメンバーがいる。ノエル・リアムの兄弟ではなく、ボーンヘッドという人物だ。確か、「近年の再結成に際しても彼がかなり尽力した」みたいな記事をネットで見かけた気がする。で、そんなボーンヘッドが作曲した曲に対して、確かノエルだったはずだが「お前が作ったわけないだろ」と突っ込んだみたいなエピソードが紹介されていた。というのも「良すぎたから」なのだそうだ。それが何の曲だったか忘れたが(たぶん後にオアシスの楽曲として発表されたものだと思う)、こんな風に練習や創作を重ねながら、彼らは「オアシスらしさ」みたいなものを積み上げていったのだろう。

当時は、彼らのことを悪く言う記事さえなく、「完全に無視されていた」という状況だったようだ。それでも彼ら(というか、主にリアムだと思うが)は「成功する予感しかなかった」みたいに感じていたという。そんな自信がどこから来るのかよく分からなかったが、そんな根拠のない自信があったからこそ、結成からの「何も起こらなかった2年間」を走り抜けられたとも言えるだろう。

さて、こうして彼らは1993年を迎えた。そして私は、本作で扱われるエピソードの中でこの年に起こった出来事が最も好きである。それは、彼らがレコード会社との契約を交わすまでの「嘘みたいな話」だ。

当時彼らは、「Sister Lovers」というガールズバンドと共同でスタジオを使っていた。そしてそのメンバーの1人であるデビーがアラン・マッギーの元カノだったそうだ。もちろん私は「アラン・マッギーって誰だよ」と思っていたのだが、「クリエイション・レコーズ」というインディーズ・レーベルの創設者だそうで、たぶん当時から名を知られていたのだろう。

それで、恐らく一緒に練習していたのだろう、彼女たちが「ライブ出演が決まった」と話しているのを聞いて、オアシスのメンバーは「俺たちは出れないのかよ?」みたいに絡んだのだそうだ。するとデビーが「一緒に来て出ちゃう?」と持ちかけてきた。もちろん、デビーが勝手に言っているだけで、出演できるかどうかなど分からない(というか、普通できないだろう)。が、オアシスはなけなしの金でバンを借りて、ライブ会場まで向かうことにしたのである。

当然のことながら、出演者リストに載っていないオアシスは入口で止められてしまったが、デビーが「私たちの時間を削ってもいいから彼らを出してあげて」と説得。そしてその交渉が功を奏し、オアシスはどうにか出演できることになったのだそうだ(今ならちょっとあり得ないだろう)。デビーは「私たちはそもそも5曲しかなかったし、時間も余っちゃうからさ」と言っていたようだが、それにしたって、自分たちのアピールの機会を削ってまでオアシスをステージに上げるのだから、何か光るものを感じていたのだろうなと思う。

それでそんなライブに、「元カノが出演する」と知っていたアラン・マッギーが”冷やかし”にやってきていたのである。彼は妹と一緒だったのだが、オアシスの1曲目を聞いた妹が「彼らと契約を」と言い(妹も凄い)、彼は「2曲目まで待とう」と答え、そして3曲目を演奏する頃には「絶対に」と言っていたそうだ。こうしてオアシスは、その日の内にクリエイション・レコーズと契約することになったのである。オアシスも凄いがアラン・マッギーも凄い。この1回の邂逅で後の大スターを見抜いてしまったのだから。

しかしホント、SNSなどない時代だからこそ「運」も味方につける必要があるよなぁと思う。彼らは「スタジオを共有していたガールズバンドのメンバーの1人が、有名な音楽レーベルの創設者の元カノだった」というワンチャンスを一発でものにした。あるいはこの強運もまた、彼らの実力だと言えるのかもしれない。

一気にスターダムを駆け上がったオアシス、そしてアメリカツアー中に起こったノエル・ギャラガーの「逃亡事件」

こうしてデビューが決まった彼らは、その後デビュー曲のレコーディング作業に入った。アラン・マッギーが、その時点で存在していたオアシスの楽曲からデビュー曲を決めたそうなのだが(なんて曲なのかは忘れてしまった)、レコーディングの作業はどうも上手くいかず、メンバーも「どうしてこれをデビュー曲にするのか分からない」みたいに感じていたという。で、そんなレコーディング中、メンバーが中華を食べている間に、ノエルはなんと1曲書き上げてしまったそうだ。この時のことを振り返ったノエルは「どうしてあの時作曲しようなんて思ったのか謎だ」と言っていたが、この時に出来たのが彼らのデビュー曲である『スーパーソニック』なのだという。そして、この曲が大ヒットしたのである。

さて、どれぐらいヒットしたのかについて、オアシスがその体感を語る場面があった。それまでもオアシスはライブをしてきたわけだが、そんなライブに来てくれるお客さんでも、彼らの曲の歌詞までは覚えていないことの方が多かったという。しかしなんと、『スーパーソニック』の発売日には多くの人がその歌詞を覚え口ずさんでいたそうだ。ノエルは「俺が深夜3時に考えた意味不明なが歌詞をみんな歌っていた」と、その時の驚きを口にしていた。

こうして彼らは一気に人気アーティストになっていく。その後アルバムの発売が決まり、そのミックスを、これまでずっとライブの音響を担ってきたマークが担当することに決まった。しかしマークは、ライブこそお手の物だったがレコーディングの経験はなく、その勝手の違いに戸惑ったという。メンバーは「マークがやってくれる」ということで安心していたが、結局、出来上がったものはアランを満足させるクオリティにはならなかった。そこでオーウェン・モリスという人物に白羽の矢が立ち、彼のミックスによって劇的に変わったという。私は音楽の世界のことはまるで知らないし、「ミックス」という作業が何を意味するのかも分からないが、それにしても、曲自体は同じなわけで、「『ミックスを誰が手掛けるか』でそんなに劇的に変わるものなんだな」と感じた。

本作では一応、オーウェンがやったこと(のほんの一部だろうが)が紹介されている。オアシスは元々「ライブが良い」と評価されていたようで、そして残念ながらアルバムではその良さが引き出されていなかった。だからオーウェンは、新しい機材を導入して音量を2倍にし、音源にもライブ感を盛り込んだのだという。それだけが要因ではないだろうが、何にせよ彼の尽力により良いものに仕上がり、結果としてこのアルバムは英国史上最速で売れたそうである。

また本作では、日本ツアーの様子も映し出されていた。オアシスは、まったくの異国の地である日本でも熱狂的に歓迎されたことに驚いたようである。「日本なのに、どうしてメンバーの名前を知ってるんだ?」「英語を話すわけでもないのに、なんでライブ前からこんなに熱狂してるんだ?」と、当時の驚きについて語っていた。総じて「日本はとにかく最高!」という感想だったようだ。

しかし、その後のアメリカツアーではまったく状況が違っていた。日本とは違い、アメリカではオアシスは全然知られていなかったそうで、まったくのゼロからのスタートだったという。さらにオアシスの面々は皆、「クリスタル・メス」という覚醒剤にハマってしまったようで、ラリった状態でムチャクチャなライブをしていたのだそうだ。そういうことも関係していたのだろう、アメリカツアーでは色々と齟齬が生まれてしまう。ノエルはこの時のことについて、「それまでは『俺たち』だったのに、その時から『俺 vs 奴ら』になってしまった」と言っていた。かなり大きな確執が生まれたようである。

で、ノエルは結局そのツアー中に失踪してしまった。後に分かったことだが、彼はサンフランシスコで出会った女の子の部屋でしこたまドラッグをやっていたのだそうだ。ノエルはその時女の子に「バンドを辞める」と宣言したのだが、彼女から「辞めてどうするの?」と言われてしまう。そして彼は、「確かに、自分は歌えないし、フロントマンでもないな」と考え、結局オアシスに戻ることにしたのだそうだ。しかし後年彼は、この時のことを振り返って「人生最大のミス」と口にしていた。その話にはまた後で触れよう。

ノエルはその後『サム・マイト・セイ』を書き上げる。ノエル曰く、「書く前から1位を獲ることが分かっていた」のだそうだ。さらにこの曲は、「ドラムのトニーにとっての最後の曲」でもあった。トニーはオアシスの初期メンバーなのだが、ドラムの腕前は正直あまり高くはなかったそうだ。またボーンヘッドは作中で、「アメリカツアー中、トニーはイジメの対象にされていた」と語っており、この点でもメンバー内に確執が生まれていたようである。トニー自身は「ただドラムを叩いていたいだけなんだ」と言っていたが、最終的にはメンバーから「NO」を突きつけられる形でオアシスを辞めることが決まった。ただトニーは後に、楽曲の権利配分を求めて裁判を起こしたようである。そんなエピソードが本作で少し取り上げられていた。まあ、トニーとしてはやるせなかっただろう。気持ちは分からなくはない。

レコーディング中の様々なエピソード、そして伝説的な25万人ライブへ

こうしてオアシスは新たなドラムを迎えることになった(奇しくも、アラン・マッギーと同じアランという名前である)。その後彼らは、かつてクイーンが『ボヘミアン・ラプソディ』を録音したスタジオでアルバム制作に取り掛かる。そして誰が言っていたのかは忘れてしまったが、この時のノエルの仕事ぶりについて「驚異的だ」と話していたのが印象的だった。音楽プロデューサー的な人をこき使いつつ(という表現が正しいかは不明だが)、1日1曲ペースで仕上げていったという。現代の感覚でも「かなり早い」と言えるのではないだろうか。

また、同じ人物の発言だったと思うが、ボーカルのリアムとのやり取りにも驚いたと話していた。オアシスでは、「ノエルが作曲した曲をリアムが歌う」という分担になっている。で、レコーディングは、「まずノエルがリアムに1度曲を聴いてもらい、その後リアムが1度歌う。そしてそれに対してノエルがいくつか指摘をした後、すぐにレコーディングに入る」という流れで進むのだそうだ。この人物は、「あんな僅かなやり取りだけで、あのクオリティのレコーディングが出来てしまうのか」と驚愕したという。

一方、この時のレコーディングでは軋轢も生まれたそうだ。というのも、「まだ仕事しているノエルを置いて、他のメンバーがパブへ行く」→「他のメンバーの不在に気づいたノエルがキレる」という流れが繰り返されたからである。そしてそんな中、「オアシス史上最大の大喧嘩」に発展してしまったそうだ。この時、ドラムのアランは加入からまだ2週間ぐらいしか経っていなかったそうだが、その壮絶な喧嘩を目にして「入ったばかりなのに解散か!?」と思ったのだという。しかし他のメンバーから「いや、いつもあんな感じだよ」と言われて「とんでもないところに来てしまった」と感じたと言っていた。

さてその後、「ベースのギグジーが辞めたがっている」という話が出る。どうも、神経がやられてしまっていたそうだ。さらにリアムの喉がかなりの不調に陥り、代わりにノエルが歌うことが増えたりもしたという。なかなかのバタバタである。で、リアムの代わりに歌うようになったノエルは、「案外これもアリかもしれないな」と感じたのだそうだ。だからこそ、オアシスに戻ったことを「人生最大のミス」と表現したのである。要するに、「戻らずにソロデビューすれば良かった」ということなのだろう(もちろん冗談で言っているのだと思うが)。ただ、フロントマンのリアムはやはり気に入らなかったようだ。彼は、「ノエルはソングライターとして最高だが、歌うのは俺の仕事だ。ノエルが歌い始めたら、俺は紅茶係か?」と不満を口にしていた。

そんなわけでオアシスは、こんな風に様々な紆余曲折を経ながら、伝説的な25万人ライブへと突き進んでいくのである。本作ではこのライブを報じるニュース番組の映像が使われていたのだが、「国民の4%がライブに応募した」と紹介されていた。また別の場面ではノエルが、「みんなは舞台上の俺たちを偉い人間だと思うが、もし客席がゼロだったら? 260万もの人がいてくれるから俺たちはここにいられるんだ」みたいなことを言っていたと思う。ざっと計算すると、「人口6500万人の内の4%に当たる260万人が応募し、倍率10倍をくぐり抜けて25万人が選ばれた」ということなのだろう。凄まじい規模だし、そりゃあ「英国一のバンド」「ビートルズ以来最大のバンド」と呼ばれもするだろうなと思う。凄いものである。

さて、ここまでオアシスというバンド全体の話に触れてきたが、まだまだ興味深いエピソードは色々とあるので、次以降で紹介していこうと思う。

兄弟間の確執と、クソみたいな父親とのエピソード

本作ではもちろん、オアシスのメインであるノエル、リアムの兄弟についても焦点が当てられる。兄弟間のバトルについては既にいくつか触れてはいるが、ここではその争いの本質が何なのかについて書いておこうと思う。

オアシスでは、ソングライターのノエルがリーダーであるらしい。そしてだからこそ、色んな人がノエルに意見を求めることになる。まあ当然だろう。しかし、フロントマンであるリアムはそのことが気に入らないようだ。それに、そもそもノエルはリアムがいたバンドに後から加入したわけで、恐らくリアムには「俺の方が先にいたのに」みたいな感覚があったのだとも思う。作中で誰かが、「彼ら兄弟の確執の本質は”主導権争い”だ」と話していたのだが、その通りなのだろう。

そう指摘していた人物がさらに、「2人のこの緊張感がバンドを前進させたし、そして殺しもした」と言っていたのも印象的だった。また、映画の冒頭では別の人物が、「オアシスはフェラーリみたいなものだ。見ている分にはいいが、スピードを出しすぎると制御できなくなる」なんてことも言っていたのだ。そしてやはり、「イカれた兄弟こそがバンドの強みではあるが、そのせいでバンドがぶっ壊れもした」と認識しているようである。

本作で使われていた映像には、兄弟が仲良さそうにしているものも、お互いを罵っているものもあった。「兄弟仲が悪くて解散した」という事実を知らなければ「喧嘩するほど仲が良いんだな」みたいに思えたかもしれない。ただ、きっとそんな雰囲気ではなかったのだろう。兄弟としてもバンドメンバーとしても、ホントに「狂気的」な存在だったんじゃないかなと思う。

また、本作では「父親との確執」についても触れられていた。両親は、どのタイミングでだったか忘れたが、彼らがオアシスとして名を知られるよりもずっと前に離婚している。そして父親について本作では、「息子たちがオアシスとして人気を博した後、芸能記者にネタを売り込んで小銭を稼いでいる」みたいに紹介されていた。シンプルに、なかなかのクズである。母親も、具体的なエピソードを語っていたかは覚えていないが、元夫についてかなり酷い言い方をしていた。

あるいは、確かリアムの発言だったと思うが、「俺は殴られなかったけど、母親はよく殴られてたし、兄弟ではノエルが一番酷かった」みたいに話していた場面もある。父親がいなくなったお陰でノエルは自室に籠もってギターの練習に励めるようになったわけで、ホント、クソみたいな父親が彼らの人生から早い段階で退場してくれて良かったなと思う。

本作『オアシス スーパーソニック』で描かれるその他エピソード

それでは最後に、いくつか気になった話に触れてこの記事を終えることにしよう。

まず、結構インパクトがあったのが、オアシスが何かの賞を受賞した際のスピーチである。壇上で話していたのは確かノエルだったはずだが、彼は「既に過去になった奴からはもらいたくない」と捨て台詞みたいなことを言っていたのだ。その後別の場面では、記者から「一番大事な賞は何か?」と問われ、「ファンが選んでくれた賞が一番大事だ。企業のブタどもの賞なんて興味ない」と答えてもいた。エンターテイメントのトップオブトップみたいな場所まで上り詰めながら、こういうスタンスをずっと持ち続けている感じは凄く好きだなと思う。

また、本作ではノエルとリアムが製作総指揮を務めており、だからだろう、普通のドキュメンタリーなら扱わない(本人の許可が取れずに扱えない)だろう「黒歴史」的なエピソードもガンガン詰め込まれている。本人たちとしても別に積極的にオープンにしたいわけではないだろうが、そういう出来事も開けっぴろげに描き出していて、その潔さみたいなものも素敵だなと思う。

本作には、ノエルがかつて「ドラッグなんかイギリス人はみんなやってる」「ドラッグは朝食と同じだ」みたいなことを言った映像が使われている。この時は相当の大炎上となったみたいだ。正直、わざわざ掘り起こす必要のない過去だと思うが、こういう出来事も敢えて組み込んでいるのである。もしかしたら、「彼らにとっては汚点でも何でもない」というだけなのかもしれないが、それにしても、こういうスタンスは好感が持てるなと思う。しかしさすがに、「フェリー内のカジノで大暴れして逮捕された」なんてのはやり過ぎだなと感じるけど。

それでは最後に、ネブワースでの伝説のライブについての言及に触れて終わりにしよう。

ノエルだったかリアムだったか忘れたが、「ネブワースでのライブは、インターネットが登場する前の最高の出来事だった」と話していたのが印象的だった。この背景には「インターネットが登場する前は人間関係が濃密だった」という感覚があるらしく、そんな特異的な経験が出来たことを幸運だと感じているようだ。

さらに、彼ら兄弟は公営住宅出身らしいのだが、「公営住宅から世界へ出ていくなんて今では起こり得ない。だから20年後の音楽業界が心配だ」とも言っていた(これもどちらの発言だったか忘れてしまった)。まあ実際には、SNSの登場によって状況はまた大きく変わったので、この発言そのものはしっくり来るものではなくなってしまっただろう。ただいずれにせよ、彼らほど短期間で世界を駆け上がるような存在がそうそう出てこないことは確かだと思う。

改めて「凄い時代だったんだなぁ」と思うし、凄い人たちなのだなと実感させられもした。

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最後に

冒頭で書いたことを繰り返すが、オアシスのことなどまるで知らない私でもメチャクチャ楽しめる作品だったし、多くの人に観てもらいたいドキュメンタリー映画だなと思う。

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