目次
はじめに
この記事で取り上げる本
KADOKAWA
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ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- あのアインシュタインも、ブラックホールの存在を受け入れなかった
- 光さえ脱出できない「見えない天体」なのに何故撮影できたのか?
- 「大質量ブラックホール」の大問題の1つを著者らのグループが解明した
私は本書を読んで、「ブラックホールが宇宙の中でも最も明るい天体の1つ」であることを初めて知った
自己紹介記事
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2019年4月、国際的な科学プロジェクトが「ブラックホールを撮影した」と発表した。その「EHTプロジェクト」の裏側については以下の記事にまとめてある。
上記の記事ではプロジェクトそのものの詳細を書いたが、「ブラックホール」についての記述はほとんどしなかった。この記事では、「ブラックホールはどのように研究されてきたのか」も含め、ブラックホールそのものについてまとめていこうと思う。
まずざっと、「ブラックホールなどという奇妙な天体が研究されるようになった流れ」について触れていこう。
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ブラックホールは、アインシュタインが生み出した一般相対性理論の方程式から”発見”された。シュヴァルツシルトという科学者が、砲弾が降る戦場で必死に計算をし、「一般相対性理論の方程式をある特殊な条件の下で解くと、光をも吸い込む天体の存在が予測される」という結果を導き出したのだ(ちなみに、アインシュタインが存命中には「ブラックホール」という呼び名は存在しなかった)。
シュヴァルツシルトの計算は、アインシュタインが一般相対性理論を発表した直後に行われたものであり、アインシュタインは「自説に興味を持ってくれた者がいる」という点では喜んだ。しかしシュヴァルツシルトの計算については、「計算としては面白いが、現実には存在しないだろう」と考えていたそうである。
このような態度は何も、アインシュタインに限らない。
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シュヴァルツシルトが勇敢にも踏み出した一歩に続く者はなかなかいなかった。シュヴァルツシルト自身も早くに亡くなってしまったため、ブラックホール研究の進展は、チャンドラセカールという天才の登場を待たなければならない。
さて、天文学の世界では、「星の最期はどうなるのか?」という問題が存在していた。既に知られていた「白色矮星」という天体こそが「星が死んだ後の最期の姿だ」と考えられていたのだが、その状況に待ったをかけた人物がいる。それがチャンドラセカールである。
チャンドラセカールは「チャンドラセカール限界」で有名だが、これは、「白色矮星の質量には限界がある」ことを示すものだ。確かに星は死んだら白色矮星になる。しかし、ある一定以上の質量を持つ天体は重すぎるために、白色矮星になることができないのだ。白色矮星になれるかどうかの限界質量をチャンドラセカールは示したというわけである。
ちなみに、このチャンドラセカールの研究は、当代随一の科学者として知られていたエディントンにボロクソに批判されてしまう。エディントンと言えば、アインシュタインの一般相対性理論の検証を行う観測隊を率いた人物だ。当時のほとんどの科学者は、チャンドラセカールの主張を素晴らしいものだと考えていたそうだが、高名なエディントンに反論する者はおらず、インド出身のチャンドラセカールは孤軍奮闘を強いられた。
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そんな議論に嫌気が差し、チャンドラセカールは研究対象を変えるのだが、結果的にこれが彼には合っていたようだ。その後チャンドラセカールは、定期的に研究テーマを変えるようになったという。また彼は、若い頃に成したこの「チャンドラセカール限界」の仕事でノーベル賞を受賞するのだが、受賞時の年齢は70歳を超えていた。恐らく、研究から受賞までの最長期間だろうと言われている。
結果的には正しく評価されたが、苦労の多い研究者人生を歩んだ人物なのだ。
さて話を戻そう。「白色矮星になれる質量には限界がある」とチャンドラセカールが導き出した、という話だ。すると当然、こんな疑問が出てくる。「白色矮星になれないような大きな質量を持つ星の最期はどうなるのか?」
その後「中性子星」という天体が考え出された。文字通り、「中性子でできた星」である。そして白色矮星になれなかった星は中性子星になると考えられるようになっていく。このように新たな天体の存在が仮定されるのは、「星が死んだらブラックホールになる」という結論を回避したい、という気持ちが働くからでもある。やはり科学者の中には、ブラックホールなんていう訳の分からないものを認めたくないという人もいたのである。
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しかし、後に原爆開発の責任者になるオッペンハイマーが、「中性子星の質量にも限界が存在する」ということを明らかにしてしまう。つまり、ある一定以上の質量の星は、白色矮星にも中性子星にもなれないということだ。
このような研究によって少しずつ、「巨大な質量を持つ天体は最終的にブラックホールになる」と認められるようになっていく。しかし頑強にブラックホールの存在を信じない者もいた。その一人が、様々な業績で知られるホイーラーである。彼は独自に星の最期に関する研究を行いある発見をするのだが、実に皮肉なことにその発見はなんと、「大質量の天体が潰れたらブラックホールになる」という証明にも使われている。
ちなみにこのホイーラーが、「ブラックホール」の名付け親だというのが定説だ。これもまた皮肉な話だろう。
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このようにして、「最期にブラックホールになる天体も存在する」ということが受け入れられるようになっていった。
このような議論が行われていた時点では、観測による証拠はほぼ存在しなかったのだから、「ブラックホールなんて信じられない」という気持ちは理解できる。しかしその後、間接的な証拠が次々に見つかり、2019年にはついに直接観測が実現した、という流れになったというわけだ。
ブラックホールの「暗黒」と「輝き」の説明
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まずは、ブラックホールの「暗黒」の話からしよう。何故ブラックホールは「見えない」のだろうか。
ブラックホールというのは、「重力が強すぎるために、光さえも脱出できない天体」である。このイメージを、「地球からロケットを発射する」という例で考えてみよう。
地球から宇宙へロケットを飛ばすためには、「脱出速度(宇宙速度)」を超えなければならない。これは「地球の重力を振り切るための速度」と考えればいい。この「脱出速度」を下回った場合、軽いか重いかに関係なく、ロケットは地球から宇宙へと出ていけないということになる。
これと同じように、「重力の影響で光さえ脱出できない状況」となっているのがブラックホールなのだ。そして、我々が生きているこの宇宙では、「光の速度」こそが最高速度の上限である。つまり、「光が脱出できない」ということは、「どんなものも脱出できない」ということになる。このような仕組みで、我々は「ブラックホールを見ることができない」のだ。
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私たちが何かを見る時には「可視光線」(普通の「光」だと思ってもらえればいい)を捉えているが、「赤外線カメラ」や「電波望遠鏡」などのように、「可視光線」以外をキャッチして何かを見ることも可能だ。
例えば、「黒いズボン」を履いている人がいるとして、「可視光線」で捉えれば「黒」に見えるが、サーモグラフィー(赤外線を捉える)でなら「赤」に見える(熱を持った部分が赤くなるため)。つまり「黒いズボンを履いた人」は、「可視光線」で見れば「黒」だが、「赤外線」で見れば「赤」ということになる。
しかし、光だけではなくどんなものも脱出できないブラックホールの場合、「可視光線」以外のどんなもので観測しようが何も映らないという「真っ黒」なのだ。本書にも、
ブラックホールの「黒」は私たちが思っている「黒」とは格が違う、「真の黒」なのです
と書かれている。この宇宙に存在するどんなものよりも「黒」であるというわけだ。
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では、どうしてそんな「暗黒」の天体を撮影することが出来るのだろうか? その答えはこうだ。
「ブラックホールは暗黒か?」
この答えはもちろんYESなのですが、実はNOでもあります。なぜなら、宇宙でもっとも明るい天体のひとつがブラックホールだからです
これはなかなか知られていない事実だろうと思う(私も本書を読むまで知らなかった)。
ブラックホールそのものが「暗黒」であることは確かだ。しかし一方で、ブラックホールの周辺は宇宙の中で最も明るいのだという。その鍵となるのが「ガス円盤」だ。
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ブラックホールは、中心部である「特異点」とそれを覆うような「事象の地平面」の2要素で構成されている天体だ。イメージとしては、「東京ドームのピッチャーマウンドに置かれた梅干し」が「特異点」、「東京ドームの外壁」が「事象の地平面」というような感じでいいだろう。
ブラックホールはもの凄く重力が強いので、その周辺にあるものはどんどんとブラックホールに引き寄せられる。それらは最終的に「梅干し(特異点)」に吸い込まれるわけだが、「梅干し(特異点)」はあまりにも小さいので引き寄せられたものはすぐには吸い込まれす、ブラックホールの周辺で渋滞待ちのような状態になっている。
その渋滞待ちになったもののことを「ガス円盤」と呼ぶ。
このガス円盤は、ブラックホールの周辺を回転しながら待機しているのだが、「ブラックホールの中心(特異点)に近い方が重力が強い」ため、ガス円盤内では回転速度に差が生まれる。どの場所でも回転速度が一定なら、ガス円盤内のもの同士が接触してもそのまま並走するだけだが、回転速度に差があると摩擦が発生することになる。そしてその摩擦熱によって、ガス円盤は輝くというわけだ。
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つまりブラックホールというのは、「もの凄く明るいガス円盤に取り囲まれた真っ黒な領域」という見え方になる。ドーナツのようなイメージでいいだろう。そして、そのような天体だからこそ直接観測が可能なのだ。
実際に撮影されたブラックホールの写真をネットで検索してみてほしい。少し歪んでいるが、その歪みも含め、一般相対性理論からあらかじめ予測された通りの写真が撮られたことで、ブラックホールの撮影に成功したことが確定したのである。
「大質量ブラックホール」という謎の存在
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さて、紆余曲折を経て理論的に認められ、さらに直接観測されるに至ったブラックホールだが、もちろんまだまだ謎多き存在だ。その中でも、「大質量ブラックホール」の問題は大きかった。
それらの問題の内の1つを著者らのグループが解決したのだが、その話をする前にまず「大質量ブラックホール」そのものの説明をしよう。
一般的にブラックホールと呼ばれているのは「恒星質量ブラックホール」のことである。太陽などの「恒星」が潰れてできるものであり、「大質量ブラックホール」よりも小さい。一方の「大質量ブラックホール」は、太陽の100万倍から10億倍、あるいはそれ以上の質量を持つものであり、銀河の中心には必ず「大質量ブラックホール」が存在すると考えられている。
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さて、「大質量ブラックホール」に関して知られていた謎というのが、「短期間でそれほどの質量を獲得できたのだろうか?」というものだ。これには、「チャンドラセカールの研究をこきおろした」と紹介したエディントンの理論が関係している。
エディントンは恒星について研究することで、「恒星の明るさには上限がある」という理論を導き出した(「エディントン限界」として知られている)。そして同じ理論をブラックホールに適用することで、「単位時間当たりに吸い込まれるガス円盤の量には上限がある」ということが示されるそうだ。これはつまり、「ブラックホールは時間さえ掛ければいくらでも大食漢でいられるが、早食いは得意ではない」ということになる。
一方、「大質量ブラックホール」の中には、今から130億年前、つまり宇宙誕生からわずか8億年後には出来上がっていたものもある。しかし、たった8億年で太陽の10億倍もの質量を獲得できるとは思えない。これが大きな問題の1つだった。
しかし著者らのグループがシミュレーションによってこの問題を解決する。彼らは「ブラックホールには厳密な意味では『エディントン限界』は適用されない」ということを発見したそうだ。つまり、「ブラックホールは早食いできる」と判明したということである。
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しかしこれで問題がすべて解決したわけではない。著者らは「大量のガスが遠方領域から供給される」という前提でシミュレーションを行ったのだが、その前提が成り立つには、「銀河のあちこちに散らばっているガスが銀河中心部にある大質量ブラックホールまでどのように運ばれたのか」に説明をつける必要がある。しかしまだその謎の解決には至っておらず、完全解明とはいかないようだ。
また「大質量ブラックホール」にはもう1つ、まったくの未解決の大きな問題がある。「銀河の質量」と「大質量ブラックホールの質量」には比例関係が認められるのだ。つまり、銀河が小さければ大質量ブラックホールも小さく、銀河が大きければ大質量ブラックホールも大きいというわけである。
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これが問題になるのは、「ブラックホールの重力は近距離にしか影響を及ぼさない」からだ。
例えば地球にいる我々は、どこかにあるブラックホールの重力の影響を受けていたりはしない。距離が離れているので地球まで影響が及ばないのだ。「大質量ブラックホール」も同じで、距離が近ければその重力からは決して逃れられないほどの影響を与えるが、少し離れればその影響はまったく無くなってしまう。
つまり問題は、「銀河の中心付近にしか影響を及ぼさないはずの大質量ブラックホールが、どうやって銀河全体の質量に影響を与えているのか」だ。比例関係にあるということは、相互が(あるいは一方が)影響を与えていることになる。しかし、遠距離には影響を与えられない「大質量ブラックホール」にそんなことができるのか、という問題は、まだまったくの謎だという。
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最後に、「ブラックホールに吸い込まれる人の姿は撮影できない」という話に触れて終わろう。
ブラックホールに関する雑学本などを読むと、「ブラックホールから光は出てこられないのだから、『ブラックホールに吸い込まれた人』の情報も出ることができない。だからその直前の『ブラックホールにまさに吸い込まれそうになっている人』の姿がずっと見えたままになる」みたいに書かれていることがある。私も、そういう記述を読んだことがあるし、そうなのだと思っていた。
確かに理論上はそれが正解のようだが、現実にはそうはいかないらしい。というのも、「重力赤方偏移」という現象が存在するからだ。この効果を考えると、「ブラックホールの近くの光は波長が無限大になる」ため、結局「ブラックホールにまさに吸い込まれそうになっている人」も観測できないのである。
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だったら結局、「実際にブラックホールに人が吸い込まれるとして、どこまで観察可能なのか」は気になるところだ。本書では触れられていないが、誰か知っている方がいれば是非教えてほしい。
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