【全力】嶋田鉄太、天才だろ!映画『ふつうの子ども』は環境問題に“暴走”する少年少女が超素敵

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

いか

この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ

この記事で伝えたいこと

嶋田鉄太演じる主人公・唯士を始め、メインの登場人物である心愛・陽斗の3人の関係性が絶妙でした

犀川後藤

ただ巻き込まれてしまっただけの唯士の「困り顔」が随所で”映える”映画です

この記事の3つの要点

  • 「心愛のことが好きな唯士」「環境問題に熱心な心愛」「暴れたいだけの陽斗」という3人の関係性が凄く魅力的
  • 3人の関係性的に「誰もブレーキ役を引き受けなかった」せいで、彼らは思いがけず「暴走」してしまった
  • 行動の選択は間違えてしまったかもしれないが、彼ら3人には心の中でずっと「ガンバレ!」ってエールを送っていた
犀川後藤

後半少しだけ登場する瀧内公美の存在感が圧倒的で、さすがだなと思います

自己紹介記事

いか

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

嶋田鉄太がとにかく魅力的すぎる映画『ふつうの子ども』は、環境問題に“爆走”する少年少女たちの熱量と恋模様を描き出す

実に面白かったし、とにかく素敵な映画でした! ストーリーはメチャクチャシンプルで、「子どもの世界だからこそ成り立つ」と言ってもいいでしょう。ただ、本作に出てくる子どもたちの「眼差し」は、客席で本作を観ている観客を含めた「すべての大人」に向けられているわけで、だから「呑気に観てる場合じゃない」と感じるべきでもあります。現代的な視点の物語ですが、作品全体で描こうとしている事柄はとても普遍的で、そういう全体のバランスもとにかく絶妙な作品でした。

いか

それなりに期待して観に行ったけど、期待を超えてきたよね

犀川後藤

何より、子どもたちの雰囲気とか存在感が凄く良かったんだよなぁ

映画『ふつうの子ども』の内容紹介

10歳の上田唯士は、作文の宿題を発表する授業中、同じクラスの三宅心愛に惹きつけられる。彼女が堂々と「大人の言うことは聞きたくない」と言っていたからだ。

ただこれは環境問題の話である。彼女は小学生にして環境問題について積極的に学んでおり、作文の中で「空の上に二酸化炭素を溜め込んだのは大人たちだ」「私たちは学校であーしろこーしろと色々言われるのに、大人は環境を破壊したまま何もしようとしない」と、大人たちのことを手厳しく非難していたのだ。

で、そんな姿に唯士は惚れた。だから彼も、心愛に倣って環境問題の勉強をしようと決める。ネットであれこれ調べたり、図書館で本を読んだりしてみるのだ。一方で、図書館では心愛を待ち伏せしたりもする。一応ちゃんと環境問題に関心を持っているつもりではあるのだが、その動機は結局のところ「心愛の気を引きたい」というだけの話であり、中途半端なのは否めない。

ただ、ちゃんとやってる感は出したいのだろう、自宅で母親に突然「ゴミの分別が出来てないよ!」なんて言い始めたりする。また、心愛から「牛肉1kgを作るのに23kgのメタンガスが出る」という話を聞いたこともあり、「肉は食べないことにしようかなぁ」とも言っていた(が、本心では全然食べたいと思っている)。ちなみに、心愛は野菜と魚しか食べない生活をしているそうだ。

さてそんなある日、かなり暴力的なクラスメート・橋本陽斗が何故か唯士に「お前、なんかやるんだろ?」と絡んできた。どうやら環境問題のことを言っているようだ。「何がって、何を???」と混乱しているところにちょうど心愛がやってきて、「そうだよね! 実際に行動を起こさないとダメだよね!」と陽斗と盛り上がっている彼女はもちろん、環境活動であるグレタ・トゥーンベリの有名な演説動画(「How dare you!」のやつ)も観ているし、だから前々から「何かしたい」という気持ちを抱いていたのだと思う。

そんなわけで彼らは行動を起こすことにした。もちろん、唯士はただ巻き込まれただけである。彼らが考えたのは「大人たちに環境問題について啓蒙する活動」だ。そこで、犯行予告文みたいにチラシから文字を切り抜いて「車を使うな!」「肉を食べるな!」というビラを作って街中に貼り始める。ただ、筆跡がバレないようにチラシの文字を使っているはずなのに、そうやって完成させたチラシに手書きで文字を書いてしまう辺り、子どもらしいなという感じだろうか。

こうして3人はしばらくの間、自分たちの仕業だとバレないように「環境活動家」として啓蒙を行うのだが……。

嶋田鉄太演じる唯士を始め、主人公3人の関係性がとても素敵だった

本作の魅力は色々と挙げられるでしょうが、まずは何よりも、唯士を演じた嶋田鉄太が最高すぎました。この子ホントに、メチャクチャ良い表情をするんだよなぁ。もちろん、「困った」とか「嬉しい」みたいな「感情が分かりやすく出ている表情」も凄く素敵です。ただなんていうか、ベースの顔がそもそも魅力的というか、惹きつける何かがあるなという感じがしました。何の感情も浮かんでいないだろうベースの顔が「ちょっと困り顔」というか、「どことなく自信なさげ」というか、「微妙に空気が抜けた風船」というか、なんかそういう雰囲気を感じさせるのです。嶋田鉄太を主役に据えたのは大正解だったなと思うし、何なら彼ありきで進んだ企画なのかもしれないとも思いました。そういう可能性も全然あり得るぐらい、ピッタリの役柄という感じがします。

いか

嶋田鉄太、初めて見たと思うんだけど、いいよねぇ

犀川後藤

また凄い子役が出てきたなって感じした

そしてそんな「ちょっと困り顔」の彼が言い淀んだり上手く言葉が出なくなったりする感じが凄くリアルで、メチャクチャ素敵だなと思いました。本作を見る限り、彼の良さは他者と絡んで初めて発揮される気がするので、彼一人ではその魅力は出てこないかもしれませんが、そういう話を抜きにすれば「嶋田鉄太だけでも全然画面が保つ」みたいな印象です。公式HPには、嶋田鉄太について「気鋭の監督たちに愛されてきた」と書かれていたのだけど、「凄く分かるなぁ」という感じでした。そりゃあ愛されるでしょう、この雰囲気なら!

で、そんな嶋田鉄太演じる唯士を始め、メインの登場人物である心愛、陽斗の3人の関係性がとにかく絶妙でした。「環境問題自体にはさほど興味はないけど、とにかく普通じゃないことがしたい陽斗」と「環境問題に熱心で、本気で大人を啓発したいと思っている心愛」、そして「ただ心愛に惹かれているってだけで関わっている唯士」という3人が、何とも言えない愛らしい関係性を築いているのです。

犀川後藤

「子どもだなぁ」って感じはもちろんあるんだけど、でも彼らの刃が私たち大人に向けられてるのを忘れちゃいけない

いか

彼らの中にも「背伸びしたい感じ」があるんだろうし、それも「子どもと大人が入り混じってる」って印象で面白いよね

唯士は環境問題に対してだけではなく、割と全般的に自分の意思をあまり持っていなくて、環境問題についても「心愛が大変だって言ってるから大変なんだろう」程度の認識でしかありません。普段から周囲の人間を引っ張って状況を動かすなんてことはないし、「受け身」と表現するとちょっと印象はズレますが、「その場の状況に合わせて良い感じに行動するよ」みたいなスタンスでずっといるという感じです。

で、たぶんだけど、心愛は唯士のそんなスタンスがあまり好きじゃありません。彼女は恐らく、自分の意見をちゃんと持っていて、リーダーシップを発揮できるようなタイプに惹かれるんじゃないかと思います。ただそれはそれとして、環境問題に関心を持ってくれるならそれはとても嬉しいし、だから唯士とも関わっているみたいな印象です。

いか

いくら若い世代にSDGsが浸透してるっていっても、さすがに小学生でそこまで強く関心を持ってる人は多くないだろうからね

犀川後藤

心愛も、あまり仲間がいなくてしんどかっただろうなって感じする

そんなわけで、心愛は行動力抜群の陽斗の方に親和性を抱いているように見えました(私の感触では、恋愛的な感じというよりは「話が合う存在」みたいな認識な気がします)。でも唯士からしたら、陽斗は「暴力的で自己中心的でヤなことばっかりしてくる奴」でしかないわけで、そんな陽斗が心愛と仲良くしている状況にはモヤモヤしかありません。でも、どう見ても心愛の関心は陽斗に向いているわけで、だから唯士は「自分ももっと頑張らないと」と感じてしまうというわけです。

ブレーキ役もいないし、「善行をしている」という感覚がさらにブレーキを踏ませない状況を作り出している

さて、ここまでの説明でなんとなく理解してもらえたと思いますが、この3人には「ブレーキ役」になれるような人がいません。3人の中で一番「ブレーキ役」になれそうなのが唯士ですが、彼は「心愛に好かれたい」という動機だけで突き進んでいるので、みんなを止めるような行動はしないのです。もちろん、「暴れん坊の陽斗」と「情熱の心愛」が自ら止まるはずもありません。そんなわけで、彼ら3人はなかなかの暴走をしてしまうことになるのです。そういう展開も、凄くリアルで良かったなと思います。

いか

唯士は随所で、「えっ、えぇー、このまま突き進んで大丈夫???」みたいに感じてるんだろうなって雰囲気を醸し出してたけどね

犀川後藤

でも、唯士の立場だったら「止めようよ」って言えないのも分かるよなぁ

しかも彼らは「環境問題について啓蒙する」という「善行」をしているつもりだったわけで(彼らの活動が「啓蒙」としてちゃんと機能していたかはともかく)、そのことも「ブレーキが掛からない状況」に一役買っていたと言えるでしょう。3人は概ね、「自分たちは良い結果を導こうと行動してるんだから、そのためなら多少行き過ぎちゃってもしょうがないよね」と考えていたはずで、このことも彼らの行動を暴走させる要素の1つになっていたと思います。

唯士もきっと、別のことだったらそこまでの「暴走」には加担しなかったでしょう。ただ、「環境問題の啓発」という目的はやはりとても良い響きを持っています。唯士はたぶん、「自分が今している行動は良くないことだ」と考えていたはずです。ただ同時に、「その行動が結果として良い結果を生むとしたら、全然ダメなこととも言えないんじゃないか」みたいにも思っていたような気がします。作中で唯士がそんな葛藤を口にするわけではないのですが、彼の振る舞いからは何となく、そんな雰囲気が感じられました

いか

この点にも、彼の「ちょっと困り顔」が良い感じに効いてくるんだよね

犀川後藤

普通にしててもちょっと困ってる感じが出てるから、葛藤してるように見えてるだけかもだけど

で、「唯士のそんな感覚は、母親とのやり取りの中でも増幅していったんじゃないか」というのが私の解釈です。唯士がある日突然環境問題に目覚めた後、母親はそれを否定したりはせずに応援するスタンスを取るのですが、ただ、別に積極的に協力するわけでもありません。「お肉ぐらいは食べようね」と諭したり、唯士が環境問題の映像を見ている時に夫とくっちゃべっていて唯士から「うるさい」と言われたりもしていました。

それで、そんな母親の姿を見て唯士は、改めて心愛の言葉を思い出したんじゃないかと思います。彼女は明確に、「環境問題は大人のせいで起こってるのに、大人は全然関心を抱かない」と非難していました。で、母親の振る舞いから「お母さんもやっぱり環境問題に関心を持ってないんだ」と感じたとしてもおかしくはないでしょう。それで、「未来のために、もっとちゃんと啓発しないとダメだ!」みたいに強く考えるようになったなんて可能性もあるだろうなと思います。

いか

母親は「好きな女の子のため」って動機を理解してるわけじゃないけど、でも「一過性のものだろう」って考えてはいただろうしね

犀川後藤

唯士の変化が急すぎたから、「長続きするもんじゃないだろう」って思ってて当然って感じはする

さて、映画の話からは少し外れますが、これって結構難しい問題だよなって感じました。心愛みたいに「環境問題ヤバいじゃん! すぐにどうにかしなきゃじゃん!」って思ってる子どもは実際に結構いる気がしてて、で、そういう子が何かしら「環境活動」みたいなことを始めたら、大人はどうするべきなんでしょうね。

なにせ、「大人のせいで環境問題が悪化している」というのは紛れもない事実なわけです。そして、「若い世代と比べて大人の方が環境問題に関心を抱いていない」というのもその通りでしょう。私はノンフィクションやドキュメンタリーに触れて「地球のヤバさ」をそれなりには理解しているつもりですが(それこそ、グレタ・トゥーンベリのドキュメンタリー映画も観たことがある)、知っているが故に「今から何かしても遅いんじゃないか?」みたいな感覚にもなります。そして、私と同じように考えているのか、あるいは単に知らないだけなのか、「本気で環境問題をどうにかしようと考えている大人」はあまり多くない気がするのです。

いか

唯士は母親から「唯士がお肉を食べるぐらい大丈夫じゃない?」って言われるんだけど、たぶんみんなそんな感覚なんだろうね

犀川後藤

「自分ぐらいは大丈夫」ってみんなが思ってるから、目に見える行動として現れないんだろうなって気がする

まあだから、唯士たちのやり方が良いかどうかはともかくとして、「大人を啓発しなきゃいけない」ってのはその通りだし、若い世代がどんどんそういう行動を起こしていくのは良いことだと個人的には考えています。

大人は確かに環境問題のために何もしないし、だから彼ら3人に「ガンバレ!」って言いたくなってしまう

本作『ふつうの子ども』を観ながら私は、以前観た『アニマル ぼくたちと動物のこと』というドキュメンタリー映画のことを思い出しました。この映画には、普段からデモなどに参加している16歳の若き環境活動家2人が出演しているのですが、そんな彼らが「解決策は既に存在しているんだと思っていた」と発言する場面があります。「専門家は既に答えを見つけているが、それはまだ科学の狭い世界に留まっている。だから自分たちがそれを広める手助けをすればすべて解決するはず」みたいに考えていたというわけです。

犀川後藤

確かに、そう感じちゃうのも当然だよなって思う

いか

「全人類に関係する大問題なんだから、みんなが必死に答えを探し求めているはず」って考えるのが自然だもんね

ただ彼らは、現状を直視したり専門家から話を聞いたりする過程で「そうではなかった」という事実に気付かされます「誰も解決策など持っていないし、誰も未来のビジョンを見通せていない」という現実を突きつけられたのでした。

そう、環境問題というのは「原子力発電による放射性廃棄物」の問題と同じく、「喫緊の課題なのに、未だに解決策が存在しない」のです。それなのに、繰り返しになりますが、私を含め大人は何もしません特に年配の人であればあるほど、「自分が生きている間ぐらいは保つだろう」みたいに考えがちだろうし、だから余計に関心が薄れるでしょう。若い世代ほど環境問題に関心が高くなるのも当然だと思います。

いか

だから、「若い世代が大人を啓発しようとする」って方向性は完全に正しいよね

犀川後藤

その手段を間違えちゃってるように見えても、「結局、そういうことも含めて全部大人の責任だろ」って感じがする

そんなわけで、やり方の是非はあるにせよ、「啓発」に奮闘する3人には「ガンバレ!」という気持ちになりました。もちろん、彼ら3人が奮闘する街に私が住んでいたら「うぜぇ奴らがいるな」なんて感じるのかもしれませんけど(笑)。とはいえ、やはり全体としては、本作に登場する大人の方に違和感を覚えてしまったという感じです。

映画『ふつうの子ども』のその他感想

さて、「大人に対する違和感」という話で言うなら、瀧内公美は本当にさすがでした。心愛の母親役を演じていたのですが、「普通っぽく見えるのに実際には狂気的な人」みたいな雰囲気で、そういう演技をさせたらピカイチだなと思います。本作では、後半のあるシーンにしか登場しないのですが、それでもその存在感には圧倒させられました役柄的にはムチャクチャ嫌な奴ですが、そんな母親を演じる瀧内公美の演技には惹きつけられたし、素晴らしかったなと思います。

いか

ここ最近で言うと、映画『奇麗な、悪』の瀧内公美が凄かったよね

犀川後藤

90分の一人芝居で観る者を圧倒し続ける狂気が最高だった

で、母親の話で言うと、「そんなんでいいんか?」みたいに感じてしまう部分が結構ありました。もちろん、私は結婚していないし子どももいないから「子育ての大変さ」は分かりません。それでも、心愛や陽斗の母親には「いやいや、そこはもうちょっと親らしく振る舞うべきでは?」と感じてしまいました。また、蒼井優演じる唯士の母親は良い感じに見えましたが、ただ、夫とは子育ての方針で揉めているようです。ホント、子育ては大変だよなぁと思います。

本作を観ていて感じたのは、「『環境問題に関心を持っていること』をちゃんと評価する大人がほとんどいなかったな」ということです。先述した通り、このことも子どもたちの「啓発」への原動力になっている気がしました。で、この話は「親」だけに限るものではありません心愛の作文の朗読を聞いた際の担任の教師の反応も微妙だったのです。「『関心を持っていること』自体は、もうちょっと評価してあげた方がいいよな」とシンプルに感じました。

いか

しかし、教師役の風間俊介も絶妙な雰囲気を醸し出してたよね

犀川後藤

「心がない風間俊介」が全開に発揮されてたって感じ

あと触れておきたいのは、「主役の3人以外の子どもたちもとても良かった」ということです。本作『ふつうの子ども』をどんな風に撮っていったのかよく分かりませんが、「子どもたちがたくさんワチャワチャしている場面」では、「子どもたちが演技している感じ」が全然ありませんでした。さすがに、子どもたちに「ここはみんな自由に喋っていいよ~」みたいに言って成立するとは思えないし、だから彼らにもちゃんとセリフが割り振られていると思うのですが、そんな彼らが「メチャクチャ自由に喋ってる」ように見えたのです。

鑑賞中は、「もしかしたら、実際の小学校でドキュメンタリー的に撮影したのかもしれない」なんて風にも考えていたのですが、公式HPに「クラスメイト役はすべてオーディションで選ばれ」と書かれていたのでそうではありません。自然な子どもの姿を捉えていたのが印象的で、どんな風に撮影したらこんな雰囲気になるんだろうなと感じました。

最後に

とにかく、とても素敵な作品だったなと思います。あと改めて、「シンプルな物語だからこそ強い」とも感じました。何度も書いている通り嶋田鉄太は最高だったし、瀧内公美も素晴らしかったです。良い映画を観たなぁという感じでした。

いか

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