はじめに
この記事で取り上げる映画
「爆弾」公式HP
この記事の3つの要点
- 明らかな偽名を使い、「住所は忘れた」と嘯く身元不明のスズキタゴサクの存在感が凄まじい
- 長谷部有孔を中心とした「警察側の狂気」が描かれることで、スズキタゴサクの存在感が浮きすぎていない点もとても良かった
- 山田裕貴演じる類家が主役に躍り出る後半以降は、類家とスズキタゴサクによる化け物同士のバトルが見ものになっていく
自己紹介記事


記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
映画『爆弾』の、観る者を圧倒するスズキタゴサクの狂気と、そんな彼と心理バトルを繰り広げる類家の存在感がとにかく素晴らしかった
なかなか面白い作品だった。
本作『爆弾』は、ストーリー云々よりも「密室での心理バトル」がメインの作品であり、そこに重心を置いた構成である点が評価に繋がっているように思う。しかしホント、スズキタゴサクを演じた佐藤二朗があまりにも怪演すぎて、「原作小説は面白いんだろうか?」なんて気分にさえなった。彼の演技あっての面白さに感じられたので、「文字だけでスズキタゴサクに触れて面白くなるんだろうか?」と思ってしまったのだ。まあ、原作小説もミステリ作品として評価されているようなので、もちろんちゃんと面白いんだとは思うが、本作は映像で観た方が圧倒的に楽しめるのではないかと感じた。

映画『爆弾』の内容紹介
物語は、1人の酔っ払いが酒屋の自販機を蹴飛ばした上、店主を殴ったことで現行犯逮捕されるところから始まる。21時半頃のことだ。もちろん、彼がスズキタゴサクである。しかし、警察官にはこれが偽名だとすぐに分かった。というのも、「スズキタゴサク」というのは、かつて警察内部で「身元不明の遺体」を呼ぶ際に使われていた隠語だからだ。しかし男は本名だと言い張り、さらに「住所は忘れてしまった」などとふざけたことを口にする始末である。

最初に彼を取り調べた野方署の刑事・等々力は、「酒屋の店主は、『自販機の修理代と治療費を出してくれれば大事にはしない』と言っている」と伝えた上で、「10万円ぐらい包めばいいんじゃないか?」とアドバイスした。しかしスズキタゴサクは、「10万円なんて、逆立ちしても出ません」と嘆く。そしてさらに、「刑事さんのお役に立ちますんで、それで被害者の方を説得して下さいよぉ」と訳の分からないことを言い始めるのだ。
男はさらに話を続ける。「自分には霊感があり、事件の匂いが分かる」と力説するのだ。もちろんそんな話、等々力は本気になどしなかった。のだが、なんとスズキタゴサクが言った通り、22時ちょうどに秋葉原で爆発が起こる。こうして、野方署は俄に忙しくなった。当然、警視庁からも応援が来ることになり、取り調べは、しばらくしてやってきた警視庁強行班捜査係の清宮が担当することに決まる。等々力は防犯カメラの捜査に回されることになった。

スズキタゴサクは清宮に「9つの尻尾」というゲームを持ちかける。彼の説明によると、9個の質問に答えると「心の形」が丸わかりになるというのだ。清宮は、未だに身元さえ明らかにならないスズキタゴサクに関する情報を得るために、この謎のゲームに乗ることにした。
しかしその間にも、会話の中でスズキタゴサクがチラリと覗かせるヒントが示唆する都内各所で爆発が続き……。
設定もストーリーも実によく出来た物語
本作『爆発』は、この記事の冒頭で書いた通りスズキタゴサクの存在感が凄まじい作品なのだが、設定やストーリーもとても良かったなと思う。

まず本作においては、スズキタゴサクの動機や正体だけではなく、背後で関わる様々な人たちの人間関係もかなり奇妙だった。そしてだからこそ、「スズキタゴサク」という人物の存在感がリアル寄りに受け取れたように思う。もちろん、佐藤二朗の演技が素晴らしかったので、彼の存在だけでも「こういう人、実際にいそうだな」と感じられただろう。ただそれに加えて、彼の背景になかなかに奇妙な人間関係が存在することが明らかにされることで、より一層「スズキタゴサク」の輪郭が濃くなるように思えた。

特に、「ホント、よくもまあこんなぶっ飛んだ設定を組み込んだものだ」と感じさせられたのが、野方署の刑事だった長谷部有孔のエピソードである。正直なところ、「この設定を組み込むことに特段の必然性はない」と感じられたのだが、とはいえ不思議なことに、観ている時にはさほどの違和感を抱かなかった。それどころか、本作全体にこの「長谷部有孔が放つ異様さ」が絶妙に溶け込んでいたようにさえ思う。
もちろん、スズキタゴサクは実に奇妙な存在である。しかし、長谷部有孔もかなりのものであり、さらに彼の周りの人物も描き出すことによって、「警察側もかなり奇妙」という見え方になっていた。そしてそのような設定のお陰で、本作で提示される「奇妙 vs 奇妙」みたいなやり取りに違和感を覚えなくなっていくのだろう。もしも「奇妙 vs 正義」みたいな対立関係が描かれていたとしたらさほど面白い物語にならなかった気がするのだが、「警察側の狂気」がきちんと提示されることで、物語後半の心理バトルがちゃんと成立したように思う。

また、物語後半で人々を恐怖させる爆弾の「設置場所」にはなるほどと感じさせられた。確かに「誰にでも出来るわけではない」が、しかし「実行可能な人は一定数いて、しかもその人たちなら容易に行える」という意味で実にリアリティがあるなと思う。というか、「これはかなり現実的な脅威と捉えた方がいいんじゃないか」とも感じられた。
それで、映画がどこまで原作に沿って作られているのかは分からないが、「『取調室でのやり取り』をメインに据えるために『爆破事件の捜査』はかなり簡略化して描いている」なんて可能性はあるんじゃないかと思う。ただ、スズキタゴサクの身元が分からない以上、捜査らしい捜査が行えないというのも確かな気がするし、案外これぐらいがリアルな描写なのかもしれないという気もする。いずれにせよ、普通のミステリ作品ではメインになるはずの「爆破事件の捜査」にあまり焦点が当たらないので、もしかしたらそこに不満を抱く人はいるかもしれないとは思う。
スズキタゴサクが取調室で無双する展開が面白すぎる
そして本作『爆弾』はやはり、「佐藤二朗演じるスズキタゴサクが取調室で暴れまわる」という展開がとにかく面白い。「暴れまわる」と言っても、別に暴力的な振る舞いをするわけではない。彼は言葉で刑事らを翻弄するのだ。

先述した通り、警察は目の前にいるスズキタゴサクについて何の情報も得られていないため、爆破事件の捜査も含め、すべては「スズキタゴサクの口から語られたこと」を起点にするしかない。まずこういう状況が本作の特異な点だと言っていいだろう。普通の事件捜査では、被疑者の身元が分からないなんてことはほとんどないはずで、だから取り調べと並行して家族や勤務先などの捜査が行える。しかし本作ではそういう捜査がまったく出来ないため、スズキタゴサクが口にする言葉だけから、爆弾の在り処や彼の来歴などを推測していくしかないのだ。

そしてそれ故だろう、警察は通常我々がイメージするような「高圧的、威圧的な取り調べ」を行わない(もちろんこれは、「取り調べの可視化」という時代の変化を反映させただけのことかもしれないが)。スズキタゴサクに喋ってもらう以外に情報を得る手段が存在しないからだろう。そのため刑事は、「無関係に思えることをひたすら捲し立てるスズキタゴサクに適当なボールを投げ続け、彼の反応を見ながら少しでも多くの情報を引き出す」ことしか出来ないのである。
しかも、警察は当然、「いつまで爆破事件が続くのか」も分からない。「これ以降は爆破事件はもう起こらない」と確証が持てればスズキタゴサクの扱いを変える余地も出てくるだろうが、そのような状況になりはしないのだ。そのため警察は取り調べの主導権をなかなか握れず、すべてがスズキタゴサクのペースで進んでいくことになる。

で、スズキタゴサクがまあとにかくよく喋る。しかも口から出てくるのは、事件にも彼の過去にもさほど関係なさそうなどーでもいいことばかりなのだ。ただ、まったくの無関係というわけでもないから困る。実際に、後から振り返ってみて「そうか、あの時話していたあれもヒントだったのか」みたいなことがそこそこあった。テキトーに喋り倒しているようで、実はちゃんと計算しているのである。
しかしスズキタゴサクは、恐らく彼の内側にはきちんとあるのだろう「知性」を巧みに覆い隠す。意識的にアホのフリをしていると考えてもいいが、「『目の前の議論に勝つこと』ではなく、『今この場の状況をいかにかき乱せるか』にしか興味がない」という方が近いだろう。「暖簾に腕押し」「糠に釘」といった慣用句がまさにピッタリ当てはまるような状況であり、もの凄く狂気的だった。しかしそれでいて、スズキタゴサクからは「こういう人が実際にいてもおかしくはない」みたいな雰囲気も感じられるのだ。その印象は、まさに佐藤二朗の怪演の賜物と言っていいだろうし、本当に素晴らしい演技だったなと思う。
取調官が類家に替わって以降のスズキタゴサクとのやり取りがとにかく最高だった
本作『爆弾』の前半では、渡部篤郎演じる清宮が取り調べを担当していた。そして彼は、当然の振る舞いだとは思うが、「爆弾の在り処をいかに聞き出すか」という役割に徹していたと言っていいだろう。またスズキタゴサクにしても、幻惑的な話題を色々と振りまきつつではあるが、全体としては「君たちは、僕が出したヒントからちゃんと爆弾の在り処を導き出せるかな?」というゲームを仕掛けているという感じだった。

もちろん、その前半パートも十分に面白い。しかしやはり、山田裕貴演じる類家に取調官が替わってからのやり取りの方が圧倒的に面白かった。
類家はスズキタゴサクに負けず劣らず変わった人物である。例えば分かりやすい話で言えば、スズキタゴサクから「刑事さんは人を殺したいと思ったことはないんですか?」と聞かれた類家が「あるに決まってるだろ」と返す場面があった。類家もまた、「常識的にはこう振る舞うだろう」という言動からあっさり外れていく雰囲気を持つ人物であり、だから後半は特に「化け物 vs 化け物」みたいな様相を呈していくことになる。

取調官が類家に替わると、スズキタゴサクも振る舞いを変えてきた。類家のことを見透かすような発言を繰り返すようになったのだ(「見透かす」というのは適切な表現ではないかもしれないが)。例えば類家に、「世の中の人間を馬鹿だと思いながら生きてるでしょう?」みたいなことを言う場面があった。明らかに頭が切れる類家を見て、スズキタゴサクは挑発の意味も込めてだろう、こんなことを言い放つのだ。

そしてそんなやり取りを続けることで、類家とスズキタゴサクの間にはある種の「一体感」みたいなものが生まれていくことにもなる。立場は真逆だが、同じ土俵の上で闘っているとお互いに認識するようになっていくのだ。実際スズキタゴサクは類家に、「何も無い私と、メチャクチャ頭の良いあなたは、実は同じ結論に達するんじゃないですか?」みたいに言っていた。
しかし一方で、やり取りを続ける中で違いがはっきりと浮き彫りにもなる。その「違い」が最も如実に表れていたのが、類家のこのセリフだろう。
何かを壊すことなんて誰だって出来る。だからそんなことはつまらない。そして、何かを壊すのを阻止する方が難しい。だから俺は、そこで留まる。

これが類家の本心なのか、あるいは「お前は易きに流れたな」とスズキタゴサクを挑発するための言葉なのかは何とも分からない。ただ、類家の雰囲気からすると本心であってもおかしくないようなセリフであり、なかなか興味深いなと思う。
また他の場面でも、「類家とスズキタゴサクが接点を持ちそうになるが、明確な理由によってそこに一線が引かれる」みたいなやり取りが繰り返されていく。そして、こういう丁々発止のやり取りが本作の一番の見どころだと私は思う。
さて、先程の類家の表現に少し寄せた書き方をすると、「狂気を狂気として描くのは簡単だが、リアルな存在として描くのは難しい」と言えるだろう。「気が狂った人間」を描写することなどいくらでも出来るかもしれないが、「そんな狂気的な人物が自分のすぐ近くにいてもおかしくはない」と感じさせるのはとても難しいんじゃないかと思う。しかし本作では、そんな困難さを佐藤二朗・山田裕貴の演技によって乗り越えている感じがあって、圧倒させられてしまった。本当に凄いものである。物語関係なく、佐藤二朗と山田裕貴の心理バトルをただ眺めているだけで十分お腹いっぱいになるような映画だと言ってもいいんじゃないだろうか。


最後に
本作『爆弾』がミステリとしてフェアに成立しているのかはよく分からないが(大分特異的なミステリなので)、それはそれとして、とにかく取調室でのやり取りが尋常じゃなく面白いので、それだけで十分成立してしまう作品だなと思う。そして、何度でも繰り返すが、とにかく佐藤二朗の演技が圧倒的で素晴らしかった。








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