犀川後藤の本との関わりについて

ブログ「ルシルナ」の犀川後藤の自己紹介記事です。ここでは、何故本を読み始めたのか、読書とどう関わってきたのか、読む本や読み方はどう変化してきたのかなど、本との関わりについて書いています。

初めまして。犀川後藤です。ブログ「ルシルナ」に来てくださってありがとうございます。

直接このページにたどり着いた方は、プロフィール記事全体にも目を通してみてください。

この記事では、私のこれまでの本との関わりについて書いていきます。

犀川後藤

「こんな人間が本について語ってますよ」ということが伝わればと

いか

一応、本とは長い付き合いだしな

目次

小中高時代

小学生の頃から本を読んでいました。その時読んでいたのは、「ズッコケ三人組」シリーズです。

本を読むようになったきっかけはちゃんとは覚えていませんが、母親が本を読む人でした。ただ、読んでいる本は、西村京太郎や山村美紗だったので、親の本を読んでいたわけではありません。

学校の休み時間を違和感なく過ごすために本を読んでいた、という記憶はあります。学生時代は周りに馴染めない感覚が強く、「孤独」だと思われるのが怖かったので、「私は一人ぼっちなのではありません。本を読むのが好きなのです」という風に見せるのに都合がいい、という感覚がありました。

子どもの頃から、周りと上手くコミュニケーションが取れていたら、もしかしたら本を読む人生にはなっていなかったかもしれません。

いか

本読んでると、間が持つよね

犀川後藤

ぼっち感がなくなるっていうかね

中学時代に読んでいたのは、宗田理の「ぼくらの」シリーズです。小学生の頃もそうでしたが、私はどうも時期ごとに読む本が固定されているようで、昔はあまり色んな本に手を出すタイプではありませんでした。一般的に子どもの頃に読むとされているだろう「江戸川乱歩」「横溝正史」「星新一」や、「モモ」のような作品も結局読んだことがありません。

高校生になると、これもなかなか謎ですが、シドニィ・シェルダンの作品ばかり読むようになりました。というわけで、小中高時代に読んだ本は、「ズッコケ三人組」「ぼくらのシリーズ」「シドニィ・シェルダン」だけという、なかなか偏った読書に終始していました

大学時代

大学1年生の頃に本を読んでいたかどうか記憶にないですが、たぶん読んでいなかったと思います。そして、私が今のような多種多様な本を読むようになったのは、大学2年生からです

これまたきっかけはまったく覚えていないのですが、大学2年のある日、唐突にBOOK OFFへ行き、カゴに大量の本を詰め込んで買いました。

今考えても不思議です。というのも、大学2年の頃は、非常に忙しかったからです。講義はほぼ皆勤で出席していましたし、非常に活動量の多いサークルに所属していたので、日々忙しくしていました。

犀川後藤

当時、遅刻するのが怖くて、毎晩机に座ってうつ伏せで寝てたよ

いか

やべぇだろ、それ

BOOK OFFで買った本の中に、東野圭吾の「白夜行」がありました。

著:東野圭吾
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東野圭吾という作家の存在も知りませんでしたが、表紙に惹かれて手に取ったのだと思います。「白夜行」に衝撃を受けて、そこから小説を読むことにのめり込みました。東野圭吾から江戸川乱歩賞を、そして同じく講談社の賞ということでメフィスト賞を、という風に興味の範囲を広げて、読みたい本を探していきました。

そんな風にしてしばらくは、小説ばかり読む時期が続きます

書店員時代

その後、大学を中退し、ウダウダした後で、書店員として働き始めます。非常にありがたいことに、アルバイトを始めて半年で文庫担当になりました

いか

前任者が結婚によって退職することになったんだよね

犀川後藤

アルバイトで担当を持つって、運次第のところもあるから、ラッキーだったよ

小説ばかり読んでいたこともあり、売り場で強く押し出す本も小説でした。しかしその後、新書担当が退職することになり、新書も任されることになりました。そしてこれがきっかけで、小説ではない本を読むようになります

元々理系の人間で、大学も理系学部に通っていたので、数学や物理の本はちょくちょく読んでいたと思います。しかし、社会・経済・事件など、いわゆるノンフィクションと呼ばれるような作品には、なかなか手を出す機会がありませんでした。

もし新書担当にならなければ、ノンフィクションに手を出す機会はなかったかもしれません。今となっては非常にいいきっかけだったと思います。

犀川後藤

今では、読むのはほとんどノンフィクションになったからなぁ

いか

知識欲が爆発していく感じだね

本の読み方とその変化

その時々で、本の読み方は変わってきた、と感じています。

小説を読み始めた大学2年生の頃は、ただただ面白くて読んでいたと思います。この頃は唯一、「読書が趣味」と言えたかもしれません

いか

ん?じゃあ今は?

犀川後藤

基本的には「暇つぶし」って言ってる

その後、引きこもり時代は、たぶんあまり本を読めるような心理状態ではなかったのですが、その時読んでいたとしたら、自分の心身をなんとか支えるために本に頼っていたのだと思います。

その後、書店員になってからは、「読んでいるこの本をどう売るか」という視点で本を読むようになりました。この辺りから、読書が趣味ではなくなってきた感じがします。

また、書店員として働き始めた後のことだったと思いますが、本の感想を書くブログ(「ルシルナ」ではなく、無料ブログで作った別のもの)を立ち上げ、「本を読んだら必ず感想を書く」という習慣を身につけました。これは現在に至るまで同じで、私にとって「感想を書くまでが読書」という認識になっています

犀川後藤

多い時は、1万字ぐらい感想書いてたりするからなぁ

いか

よく書くよ、ホント……

本を読んで感想を書くことで、「自分の思考を言語化する力」はかなり高まったと思います。また、「その本をどう売るか」という視点で本を読むことで、その本のどういう面をどう変換して強調すればどういう人に興味を持ってもらえるかを考えられるようにもなりました。そしてこの「言語化力」「変換力」は、本とは関係のないところでも役立っているなぁ、と感じています。

犀川後藤

例えば、毎日毎日大量の文章を高速で書く習慣を続けてたから、喋るのも苦手じゃなくなったよ

いか

マジか

人生の大半を、本を読み、読んだ感想を書くことで過ごしてきました。もし本を読んでいなかったら、自分がどうなっていたのか分からないなと感じます。今に至るまで、ほとんど熱中できるものと出会えなかったし、読書も熱中していると言える感じではありませんが、自分をここまで生き延びさせてくれたものであることは間違いないと感じています。

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